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Hermes Agentで仮想DAOを動かしたい(3)— 作っている途中でHermes自身が「組織」になった

Hermes Agentで仮想DAOを動かしたい(3)— 作っている途中でHermes自身が「組織」になった

まとめ(先に結論)

Hermes Agentに仮想DAO(分散型自律組織)の意思決定を任せる実験を進めていたところ、大きな出来事がありました。

実験の対象にしていたHermes Agent本体が大型アップデートされ、「複数の独立したAIエージェントが共存し、互いに通信しながら組織として動く基盤(Pantheon)」が標準搭載されたのです。

これまで私がスクリプトを書いて手作業で制御しようとしていた「エージェント間の会話の受け渡し」「投票者同士の情報の遮断」「セッションをまたぐ記憶の保持」といった土台が、ツールの標準機能として丸ごと手に入ることになりました。

そこで、実験を最初から作り直すのではなく、責務の境界線を引き直すことにしました。

  • Hermes Pantheon(標準OS) — 組織の通信・記憶・実行基盤を担当する
  • hermes-dao-lab(この実験) — 組織の憲法・投票ルール・金庫・台帳・監査などの統治(Governance)を担当する

「道具の仕組みを自作すること」は目的ではありません。通信や記憶はツールの標準機能に任せ、私は「その基盤の上で、AIたちが安全に意思決定できる統治ルールとは何か」という本質的な実験に集中することにしました。今回は、その転換の記録です。


前提

前回までのおさらいです。

私は、自律型AIエージェント「Hermes Agent」を使い、お金も暗号資産も扱わない閉じた環境で、DAOを模した意思決定(起案→分析→投票→実行→記録)をAIに自律運営させる実験を進めてきました。

  • 第1回:1つのAIセッションですべてを完結させようとした結果、投票前に承認・実行まで先書きして失敗。「AIの頭はGitのように巻き戻せない」と学びました。
  • 第2回:指示だけで安全を守ろうとしても、困ったAIは許可外の場所へ手を伸ばしてしまう(安全境界インシデント)。「するな」と書くのではなく、道具を取り上げるレーン分離を試し、通常の却下や自然な意見分裂を確認しました。
図。第1回・第2回・第3回が左から並び、それぞれ「1つのセッションで全部やった」「指示で禁止した」「道具の側が組織になった」と、そこで分かったことが書かれている。下の帯に、問いが「AIの判断を信用するだけでは駄目ならどうするか」「指示を強くするだけでも駄目なら何が要るのか」「道具が揃った環境で統治は機能するのか」と移り変わったことが示されている
3回で、問いが二段変わった。失敗するたびに、問いが「AIをどう信じるか」から「どう統治するか」へ移っていった。

当初予定していた第3回と、届いたニュース

第2回を終えた段階で計画していた第3回のテーマは、「権限設計(何に触れさせるか)」でした。

1体のHermes Agentに対して、ファイル操作やGit、外部通信などの道具をどう細かく絞り込み、安全な作業環境を作るか——その技術的な工夫を深掘りする予定でした。

ところが、その準備を進めていた2026年8月31日、Nous Researchから Hermes Agent v0.21.0「The Pantheon Release」 がリリースされました。

このアップデートは、この実験の前提を根底から変えるものでした。


やったこと・起きたこと

1. Hermes自身が「組織のOS」になった

リリースされた「Pantheon」は、これまでのHermes Agent(単一のアシスタント)を、複数の名前付きエージェントが協調して動く「社会(society)」へと拡張するOSでした。

具体的には、次のような機能が本体に標準で組み込まれました。

  1. Bot Mode & 確定Identity
    名前、確定アバター、個別プロファイルを持った独立したBotを複数作成し、1つの共有スペースで会話させることができる。
  2. hermes peer(Bot間メッセージング)
    エージェント同士が直接、確実にメッセージをやり取りできる通信経路。誰が誰に何を頼んだかが「Bot Chat」に記録され、人間が後から監査できる。
  3. Persistent Cron & Continuity
    定期実行されるエージェントが、前回の実行結果や自分用のメモ(スクラッチパッド)を記憶として保持し、セッションをまたいで引き継げる。
  4. Subagent Steering & 停止
    実行中の子エージェントの動きを人間がリアルタイムに操縦したり、途中で強制停止したりできる。
  5. 中核命令(Instructions)の保護
    エージェント自身が自分の行動指針(AGENTS.md やシステム指示)を勝手に書き換えないよう、変更時には人間の明示的な承認を必須化する。

2. 自分で組んでいたものが、標準機能になった

これらを見たとき、強い既視感を覚えました。

私がPhase 0-Hの5サイクルやその後のレーン試験で試行錯誤していたのは、まさに「1体のAIに複数の役割をどう演じさせ、どうやって記憶を持たせ、どうやって投票者同士の会話を遮断し、どうやって安全に停止させるか」という仕組みそのものだったからです。

投票者Aの出した票が投票者Bに見えないよう別セッションを立ち上げ、結果をJSONで集計し、親エージェントが指示を出し……と手作業で組んでいた足場が、ツール本体の機能として綺麗に整理されて目の前に現れたのです。

図。左に自分で書いていたもの(投票者ごとに別セッションを立てて隔離する、票をJSONで集めて親が転記する、セッションをまたぐ記憶が無い、走り出した子エージェントを止められない、指示の書き換えを防げない)が並び、それぞれから右へ矢印が伸びて、標準機能になったもの(Bot Modeと確定Identity、hermes peer、Persistent Cronと継続性、Subagent Steeringと停止、中核命令の保護)に対応している
手で組んでいた足場が、標準機能になった。右側が埋めたのは通信・記憶・停止であって、誰に投票権があるかといった決まりごとは入っていない。

結果・観測

この大きな変化を受けて、どう判断し、実験をどう組み替えたかを整理します。

1. 過去の実験は「基準線」として凍結保存する

まず決めたのは、「新しい機能が出たからといって、過去の実験(Cycle 1〜5)をやり直さない」ということです。

1体のAIに無理やり複数役を演じさせていた頃の失敗や、安全境界を越えてしまった記録、その後に道具を絞って得られた意見分裂のデータは、当時の貴重な事実です。

これらを後知恵でPantheon風に書き換えることはせず、「Pantheon導入前の比較基準(ベースライン)」としてそのまま固定しました。これにより、今後Pantheonを使って組織を組んだときに、「人間のレビュー負担はどう減ったか」「役割の混線は本当に起きなくなったか」を客観的に比べることができます。

2. 構造を2層に分離する

次に、システム全体の構造を「標準基盤(OS)」「統治(DAO)」の2層に明確に切り分けました。

図。左はPantheon以前で、ひとつのセッションの中に進行役・起案・分析・実行・投票者2名が詰め込まれ、通信も記憶も停止のしくみも無い状態を示す。右はPantheon以後の2層構造で、下の層にHermes標準の組織基盤(複数Bot・Bot間通信・記憶・停止)、上の層に自分で設計する統治のルール(投票権・可決条件・台帳・人の承認)が載っている
1体で演じ分ける構成から、2層に分ける構成へ。下の層は道具に任せ、上の層だけを自分で設計する。

私が本当にやりたかったのは、「通信プロトコルを作ること」でも「チャットツールを開発すること」でもありません。「AIたちに組織の意思決定を任せられるか」を検証することです。

インフラとして提供される部分は喜んでHermes本体に任せ、私は上位のルール作りに専念することにしました。

3. それでもDAO側に残る「統治(Governance)」とは何か

では、HermesがPantheonになったら、この仮想DAO実験は完成して終わりなのでしょうか?

答えは「まったく終わりではない」でした。

Pantheonが提供してくれるのは、あくまで「話せる」「呼べる」「覚えている」という通信と記憶の道具箱に過ぎません。「誰が起案してよいか」「誰に投票権があるか」「何票集まれば可決か」「金庫のお金をどう動かすか」といった社会のルール(憲法・統治制度)は、道具箱の中には入っていないからです。

図。上段は提案が通るまでの道すじで、起案・分析・独立した2名の投票・可決の判定・人の承認・実行と記録が左から右へ並び、可決の判定と人の承認の2つだけが赤い枠で示されている。中段の帯はHermesの標準機能が運ぶ範囲(通信と記録、記憶の引き継ぎ、実行中の停止)。下段は自分で決める範囲(投票権、可決条件、自己投票の禁止、人が見る位置、台帳、上位ルールの変更権)
道具が運ぶのは経路。通すかどうかを決める2つの関門は、道具の中に入っていない。

具体的に、この実験(hermes-dao-lab)側で検証し続ける領域は次のとおりです。

  • 提案ライフサイクル(PROPOSALS):起案(PROPOSER)から分析(ANALYST)、投票、実行までの厳格な手順。
  • 組織憲章(AGENTS.md):各Botが守るべき憲法と職務の分離。
  • 投票制度の規約:有権者の限定(実行役と監査役)、全会一致制、自作自演を防ぐ自己投票の禁止。
  • 仮想金庫(TREASURY)と台帳(LEDGER):改変できない追記型CSVによる決定の記録と、資産の整合性管理。
  • 安全境界とHUMAN最終承認:道具の最小権限、未確認情報時の即時停止、人間だけが変更できる上位ルール。

道具がどれほど進化しても、「組織をどう統治するか」というルール設計は、人間が泥臭く設計し検証しなければならない領域として残ります。


実験の問いを更新する

この転換によって、この実験が追いかける中心的な問いも一段ステップアップしました。

実験の問い
これまでHermes Agent一体で、複数の役割を演じ分けながらDAOを動かせるか?
これから独立した役割・記憶・通信経路を持つ複数のHermes Agentに、憲法・権限・投票制度を与えたとき、組織として安全に自律運営できるか?

「1人芝居でどこまで騙し騙しやれるか」という技術的な制約の検証から、「道具が揃った本物の複数エージェント環境で、安全な統治(ガバナンス)が機能するか」という本来の研究テーマへ、正面から進めるようになったと言えます。

なお、Pantheonが導入されたからといって、無条件にAIへ全権を渡すわけではありません。人間のブラウザ情報やログイン状態をそのままBotに渡すような危険な運用は一切行わず、限定された権限と安全境界の中で、小さく検証を進めていきます。


感想・Next

生成AIを相手にした開発や実験の面白さであり、同時に難しさでもあるのは、「こちらが一生懸命に道具を作っている最中に、相手(モデルやツール)そのものが急速に進化してしまう」という点です。

数週間前まで「どうやって複数セッションを繋ごうか」と悩んでいたことが、次のバージョンでは標準コマンド1つでできるようになる。

そのとき大切なのは、ツールが変わるたびに右往左往して過去を全部捨てることではなく、「何がツールの進化で解決するインフラで、何が人間が考え続けなければならない本質(ガバナンス)なのか」を冷静に見極め、境界線を整理することだと感じました。

次のステップ

実験の体制が整ったので、次のステップへ進みます。

  1. Pantheon最小構成の動作確認:ローカル環境でBot Modeや hermes peer の基本疎通を確認する。
  2. 旧方式との比較検証:1体で演じ分けていた頃と比べて、セッションの安定性やレビューのしやすさがどう変わるかを実測する。
  3. Pantheon上でのGovernance再設計:独立したBotたちへ憲法(AGENTS.md)と投票規則を適用し、安全な定期運用実験を開始する。

次回は、この新しいPantheon基盤の上で実際にエージェントたちを動かした検証記録をお届けする予定です。

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